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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1235号 判決 1963年3月14日

三菱銀行

理由

控訴人主張の約束手形三通を被控訴人が訴外有限会社鳥本商店に宛てて振出し、同会社から株式会社三菱銀行(西院支店)へ割引のため譲渡され、同銀行から買戻されたこと(買戻人が誰であるかはしばらく措き)、右手形を現に控訴人が所持すること、右銀行よりの買戻後において、振出人たる被控訴人の代表者小林信治が右手形の振出人の記名捺印のうちの印影のみを赤インクで抹消したことは、当事者間に争がない。

そこで、控訴人が本件手形の正当な所持人であるか否かにつき判断する。先ず控訴人は、右手形を前記銀行より買戻したのは訴外有限会社鳥本商会であつて、これにより権利者となつた右会社から控訴人へ譲渡されたものと主張するに対し、被控訴人は、前記銀行より買戻したのは被控訴人であつて、これを振出人印影を抹消後単なる紙片として訴外会社に貸与したものを控訴人が入手したに過ぎぬ旨抗争するので按ずるに、(証拠)を総合すると、訴外有限会社鳥本商店は、本件手形を融通手形として被控訴人から借受ける趣旨でその振出を受けたものであるところ、昭和三十一年二月中頃に至り金融が行詰り同月十五日に会社の整理を決意し、同月十六日その在庫商品全部を代金三五五、二八九円で被控訴人へ売渡すこととし、同月二十日頃手形不渡を出して一般の支払を停止するに至つたものであるが、本件手形の割引先であつた前記三菱銀行西院支店においては同月十七日訴外会社の経営行詰りを察知し、その振出人である被控訴人に対して本件手形の買戻方を求めたので、被控訴人は控訴人に支払うべき前記商品の代金債務もあるので、これに若干の不足金を追加して、これを買戻資金として右手形を買戻すこととし、右手形の額面合計金四五〇、〇〇〇円に相当する小切手を右同日来訪した右銀行の行員松田義一に振出し交付し、これを現金に代えたものによつて同日右銀行は買戻手続を了し、手形は右翌日(十八日)被控訴人代表者小林信治が赴く筈であつた訴外会社において返還することとし、その予定の通り同月十八日本件手形は訴外会社代表者鳥本秀雄に返却され、鳥本はこれを来会した被控訴人代表者小林信治に任意交付したこと、右手形の買戻しに要した金員は、手形額面金四五〇、〇〇〇円のうち、前記商品代金に相当する金三五五、二九八円及び不足分六五、九六一円で、残金は訴外会社へ割引料の戻り金と訴外会社の預金残の差引により支払を要せず、その計算書は訴外会社宛として手形と共に鳥本に交付され、訴外会社の帳簿上は右商品代金は買戻資金に充当され、不足金六五、九六一円は被控訴人に立替えを受けた借入金として取扱われたこと、被控訴人も右不足金六五、九六一円を訴外会社に対する債権として、後に配当加入の申出をしていること、の諸事実が認められる。(省略)右事実に、被控訴人代表者尋問の結果によつて認め得る右買戻が訴外会社代表者鳥本から前記商品代金を引当てとしてこれを為すように被控訴人に依頼された結果である事実を考慮に入れると、本件手形の買戻は、最初前記銀行から一応被控訴人へ申入れられたものではあるが、その実施は手形振出人たる被控訴人と裏書人たる訴外会社との間の相互連絡協調の上で為されたもので、いわば右両者の双方のために為されたものと見ることができ、強いてその買戻人を判定するとすれば、銀行の通常の事例に従い、右銀行の取引先であり、手形や計算書を直接交付した相手方である訴外会社であると認めるを相当(手形上は白地裏書で特定し得ないこと成立に争のない甲第一、二、三号証により明白である)とし、乙第一号証の記載も右判断を左右するに足りない。

しかしながら、本件手形は右買戻後訴外会社から被控訴人へ任意交付されたこと前認定の通りであり、右手形が元来被控訴人からの融通手形であり、しかも手形の回収資金も被控訴人と訴外会社との間の前記商品代金と立替金勘定により一応処理された以上、右手形がその貸主の被控訴人へ引渡されるのは至極当然の事理であつて、右の引渡は即ち貸手形の返却であり、これにより本件手形はその流通使命を果して振出人の手に回収されたものに外ならず、被控訴人が前記争ない事実のように、自己の手においてその振出人名下の印影を抹消するに至つたのはこれ亦当然の処理であつて、何等怪しむに足りない(右手形が訴外会社の所持中において無断で印影が抹消されたとの控訴人主張事実は、証人鳥本秀雄の証言と被控訴人代表者の供述に対比して措信できない証人佐倉惣之助の証言を措いて、他に何等これを認める証拠がない)。この事実経過と被控訴人代表者の供述とに徴すれば右抹消は手形として失効させる目的でなされたものと認めることができる。

ところが、右振出印を抹消された本件手形が控訴人の手に渡つたのは、訴外会社代表者鳥本秀雄が、その監査役佐倉惣之助の求めにより、右会社の債権者の会合において債権者に提示説明の必要があるとして、被控訴人から一時これを借受けたものであつて、これを再び流通に置き、権利の譲渡を受けたものでないことが、(証拠)により明らかであるから、訴外会社からの権利承継取得を認める余地はない。そしてまた、振出人がその権限に基いて為した前記振出人名下印影の抹消により、記名捺印形式を以て振出された本件手形の振出の効力は、爾後消滅したものと解するのを相当とするから、控訴人が右手形の振出人に対する権利を善意取得することも有り得ない。そうすれば控訴人は、本件手形の振出人たる被控訴人に対して、手形上の権利を有効に取得したことを主張することができない。

そうすると控訴人の本件手形上の権利取得を前提とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、また右手形は被控訴人がその手中に回収し、他に貸与したのみであるから、控訴人がこれを占有し得る権限を他に主張立証しない限り、被控訴人の所有権(紙片としての)に基く返還を求める反訴請求は理由がある。よつて本訴請求を棄却し、反訴請求を認容した原判決は正当で控訴は理由がないから、これを棄却。

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